第2回 ジロジロ見ないで(前編)

第2回 ジロジロ見ないで(前編)

『ジロジロ見ないで ~“普通の顔”を喪った9人の物語~』

【種類】書籍(扶桑社)

【内容】

“普通と違う顔”をした9人のドキュメンタリー。
彼ら9人は、顔に、アザやヤケドなど手術や治療で治すことのできない症状を
負っている。《ただ見た目が“普通と違う”というだけ》で、彼らの身に日々起
こっている出来事や、彼らがその日常とどのように向き合っているのかをつづっ
ている。

本書が画期的なのは、9人全員の顔写真が何枚も掲載されている点。まっすぐ
にこちらを見返している瞳、生き生きとした姿。その写真を見ているだけで、訴
えかけてくる「何か」を感じずにはいられない。

また、「一人でも多くの人に理解してもらいたい。子供にもわかってもらいた
い」という思いからであろう。9人の症状について、それぞれ説明がなされてい
たり、小学校4年生から辞書なしで読めるように漢字にはルビがふってある。

アピアランス問題を身近な問題として感じられる、非常にすぐれた1冊である。
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●ジロジロ見ないで!

《ジロジロ見ないで。これは、彼らの切実な願いです。》

と、本書(まえがき)の冒頭に書かれています。

《電車やバスの中で、好きな雑誌を読んでいたり、友達や恋人と一緒にショッピ
ングや食事を楽しんでいるとき、もし知らない誰かがあなたのことをジロジロ見
ていたとしたら・・・・・。どんな気分がするでしょう?
ホッとできたり、楽しいはずの時間も、一瞬にしてイヤな気分になると思いま
せんか。》

朝から晩まで、一歩家を出たときから、ずっと、他人の視線が絡みついてくる。
その不快感は、想像するだけでもゾッとします。実際、私もユニークフェイス当
事者(※1)の方と街を歩いていると、感じることはよくあります。決して気に
しすぎなどではありません。

一般社会において、このような状況はまずあり得ないでしょう。日本の常識と
して、「興味深げに他人を見る」のはとても失礼な行為だからです。血気盛んな
若者ならば「何、ガンとばしてんだよ!」とばかりにケンカになってもおかしく
ありません。にもかかわらず、ユニークフェイス当事者に対しては、かなり不躾
(ぶしつけ)な視線をよこしてきます。
「見られている」というのは非常にストレスがたまるものです。そのストレス
から解放されるだけでも、アピアランス問題のかなりの部分が解決されると言っ
ても過言ではありません。「ジロジロ見ないで。」私も切実にそう願っています。

●先天性(せんてんせい)

本書には、海綿状血管腫、単純性血管腫、ヤケド、リンパ管腫、レックリング
ハウゼン病、円形脱毛症と様々な症状が出てきます(※2)。先天性の方も後天
性の方も登場します。

先天性とは、「生まれつきそうである」ということです。生まれたときからそ
の症状が現れている場合もありますし、成長する過程で症状が出てくる場合もあ
ります。
後天性とは、「生まれたあとに(事故や病気などの何らかの原因で)そのよう
な状態になる」ということです。

先天性であれ後天性であれ、他人からジロジロ見られるという点では同じ問題
を抱えています。ただ、先天性の方と後天性の方とでは特徴的な違いもあります。
たとえば、先天性ならば、幼少期から「自分はまわりと違う」ということを意
識し、その事実と向き合わなくてはなりません。

《4~5才ぐらいだったろうか。(中略)自分のアザを意識しだすと、外で同じ
年ごろの子に会うのが怖くなっていった。みんな、自分のことを変な目で見てい
る。目が合ったら、何か言われるんじゃないかとビクビクしっぱなしだった。そ
のころから、私は顔を上げて歩けなくなっていった。》

《自分で自分を守る。それができなかった子どものころの私は、人に見られるこ
とにおびえながら生活していた。》

《“バケモノ”
これが小学校に入ってすぐ、ぼくにつけられたあだ名です。学校の行き帰りに
は、いつもイジメっ子たちが一人ひとりバラバラになって、ぼくが通りそうな道
で待ちぶせしていました。(中略)なんとか彼らに会わずに家に帰りたい。そう
思ったぼくは、いろんな道順を考えました。(中略)ときには、2倍以上も遠回
りをしなくちゃ家に帰れないこともありました。》

幼い頃からこんなにも過酷な日常を突きつけられているのです。後天性であっ
ても、生まれて間もない頃にヤケドを負った場合などは、先天性の方と似たよう
な経験をします。

また、円形脱毛症の女性Aさんは、同居している祖母から「髪の毛がないと、
人から劣っているように見られるから、ほかの子の何倍も努力しなくちゃいけな
い」と厳しく言われて育ちました。Aさんは、家庭でも学校でも必死で努力して
イイ子を演じますが、やがて限界がきてしまいます。

《「私はアンタのお人形じゃない! いい加減、本当の私を見ろ!!」》

Aさんにとっては、家族さえも敵になってしまっていたのです。

大人でも耐えられないほどの厳しさが、幼い子供に襲いかかります。それなの
に、彼らに元気に明るく生きていけというのは、年端もいかない子供に悟りを開
けと言っているようなものではないでしょうか。それはあまりにもむごい仕打ち
です。

●後天性(こうてんせい)

では、後天性であれば、先天性よりも楽かと言えば、そうではありません。
病気になったり、火事でヤケドを負ってしまったとき、突然、人生が180度変
わってしまいます。それまで積み上げてきたものを一瞬のうちに失ってしまうの
です。仕事を失ってしまったり、友人知人、そして時には家族との関係が崩れて
しまうこともあります。

《ヤケドを負ったからといって、アナタはアナタのままで生きていけばいいん
じゃない? と声をかけてくれた看護師さんもいました。そうはいっても、ここ
まで見た目が変わってしまうと、友達や周りの人たちは私に気を使い、昔のよう
に本音でつき合ってくれなくなっていました。》

もし、ある日突然、容貌が一変してしまったら、それまでと変わらない付き合
いを続けることは、誰にとっても難しいはずです。

また、原因がわかっているだけに、回避できた可能性もはっきりしています。
それは、厳しい現実にぶつかるたびに、後悔や怒りとなって彼らを苦しめます。

親の不注意のため、赤ちゃんの時に掘りごたつでヤケドを負った人は、《どう
して掘りごたつなんかに寝かせたんだよ!と両親に対する怒りがこみ上げてくる》
と語っています。
また、自分の不注意で火事を起こしてしまった人は、自暴自棄となり、《人間
として生きることさえ放棄しかけて》しまいます。

●普通? それとも普通じゃない?

Mさんの症状は、《パッと見た感じでは変わった点に気がつかなくても、よく
見たら、左頬(ほほ)のふくらみに目が留ま》るという程度です。他の当事者の
方と比べると、「見た目」的には症状は軽いと言えるでしょう。しかし、それ故
の苦労がありました。

《人目を引くほど大きなふくらみでもなく、ふくらみに色がついているわけでも
ない、いわば“中途半端”なふくらみは、人から避けられるより、気軽に質問さ
れやすい対象です。》

彼は、心ない質問を投げかける人たちに神経をとがらせ、《「やっぱり、自分
の顔は“普通”じゃないんだ」という気持ちと、「違う、自分の顔は“普通”の
顔なんだ!」という、2つの気持ちの間で、揺れ動》いていました。

しかし、あるとき、《この顔は“普通”なのか“普通じゃない”のかと、こだ
わることより大事なこと》を見つけます。それは、《自分の見せ方を工夫して、
新しい人間関係を作り直す》ことでした。「自分の見せ方を工夫する」と言って
も、何か、特別なことをするわけではありません。親しくなりたいと思う相手に
は、顔のことについて、自分から話すようにしたのです。

《自分のことを知ってもらう上で顔の話ははずせないことなんだ、と素直に思え
るようになっていきました。》

●つながり

彼らを傷つけるのが人ならば、彼らの力になるのも、また、人なのです。他人
からの心ない言動に傷つけられた彼らが、今度は、まわりの人たちの温かさにい
やされていく。家族、友人、恋人、仲間、同僚、上司、先生、生徒といった様々
な立場の人たちが彼らを支えています。

彼らは人とのつながりに勇気をもらい、やがて自分らしさを取り戻していきま
す。ありのままの自分自身を認め、自分を卑下することを止める。そして「けっ
して自分が悪いわけじゃない。それに、心底意地の悪いヤツもいるけれど、実は
ほとんどの人たちは、自分とどう接したらいいのかとまどっているだけなんだ」
ということに気づくのです。そして、自分の生きる道を見いだし、切り開いてい
きます。ある人は教育者に、ある人はアピアランス問題の研究者に。そして、あ
る人は問題の重大さを社会へ訴えるジャーナリストに、またある人は、同じよう
な悩みを抱えている人たちをサポートするカウンセラーに。

その姿からは、本来の人間の持つ強さ、素晴らしさが感じられ、生意気にも私
は「人間、まだまだ捨てたもんじゃないな」なんて、ついついうれしくなってし
まいます。

(つづく)

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※1 ユニークフェイス
NPO法人ユニークフェイスでは、顔や体にアザ、ヤケド、キズなどの症状が
ある人たちを「ユニークフェイス当事者」と表現し、彼らの声を社会に発信して
います。
「ユニーク」とは「固有の」と言う意味。「ユニークフェイス」とは「固有の
顔(私たちは、みな、それぞれ固有の顔をしている)」という意味です。

NPO法人ユニークフェイス:http://uniqueface.wordpress.com/
※2 海綿状血管腫、単純性血管腫、ヤケド、リンパ管腫、レックリングハウゼ
ン病、円形脱毛症
各症状については、それぞれ、本書『ジロジロ見ないで~“普通の顔”を喪っ
た9人の物語~』に説明がなされています。そちらをご参照下さい。

→第3回 ジロジロ見ないで(後編)

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