第3回 ジロジロ見ないで(後編)

第3回 ジロジロ見ないで(後編)

『ジロジロ見ないで ~“普通の顔”を喪った9人の物語~』

【種類】書籍(扶桑社)

【内容】

“普通と違う顔”をした9人のドキュメンタリー。
彼ら9人は、顔に、アザやヤケドなど手術や治療で治すことのできない症状を
負っている。《ただ見た目が“普通と違う”というだけ》で、彼らの身に日々起
こっている出来事や、彼らがその日常とどのように向き合っているのかをつづっ
ている。

本書が画期的なのは、9人全員の顔写真が何枚も掲載されている点。まっすぐ
にこちらを見返している瞳、生き生きとした姿。その写真を見ているだけで、訴
えかけてくる「何か」を感じずにはいられない。

また、「一人でも多くの人に理解してもらいたい。子供にもわかってもらいた
い」という思いからであろう。9人の症状について、それぞれ説明がなされてい
たり、小学校4年生から辞書なしで読めるように漢字にはルビがふってある。

アピアランス問題を身近な問題として感じられる、非常にすぐれた1冊である。
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●自分を守る術(すべ)

個人の性格によるところが大きいとは思うのですが、ユニークフェイス当事者
(※1)の中には、とてもフレンドリーな人と、逆にいつもピリピリと尖(とが)
っている人がいます。一見すると正反対の雰囲気なのですが、私はどちらも「自
分を守るために身につけた護身術」の一つではないかと考えています。

彼らはジロジロ見られるだけではなく、言葉や、時には暴力をともなったいじ
めや差別にあってきました。その攻撃に対抗するため自分自身を強くしようとす
ると、ピリピリと尖ってしまう。逆に、いつも笑顔を絶やさず、「みなさん、仲
良くしましょう」という雰囲気をアピールして、相手に攻撃しようという気持ち
自体を起こさせないようにしているうちに、フレンドリーな性格が身に付いたの
ではないでしょうか。

それは、彼らのこんな態度に表れています。

ジロジロと興味深げに見る人たちに出会ったとき、ある当事者は、笑顔でおじ
ぎを返します。すると、《あわてて視線をそらす人や、気まずそうにうつむいて
しまう人など、反応はさまざまです。》
他方、別の当事者は、《「なんで見るんだ!」「今なんて言ったんだ!」とい
う思いをこめて、ギッと相手を見つめ返す。(中略)相手はまさか見返されると
は思っていないのか、あわてて視線をそらす人が多い。》

二人とも「相手の視線をそらす」という目的は同じなのですが、その方法は、
まったく正反対です。

●インフォームド・コンセント

インフォームド・コンセントとは、「正しい情報を得た(伝えられた)上での
合意」という意味です(フリー百科事典『ウィキペディア』より)。
とくに医療現場で用いられる場合は、「医師が病状や治療方針を分かりやすく
説明し、患者がそれを十分理解した上で同意すること」です。

ユニークフェイス当事者の中には、治療を受けた(受けている)人も、そうで
ない人もいますが、治療を受ける際、きちんとインフォームド・コンセントがな
されているかというと、かなり問題があります。とくに子供の頃に治療を受ける
ような場合には、本人にきちんと説明がなされることはほとんどありません。
「世の中に出る前に治してやりたい」という親心から、子供の頃に治療を受ける
人はたくさんいるというのにです。

Oさんは、11歳で手術を受けました。
《医者は「何回か手術すれば、腫れた部分をきれいに取り除けるよ」と自信たっ
ぷりに言った。そう聞いたとき、ぼくは心の中でヤッター!と叫んでいた。昔話
に出てくる『こぶ取りじいさん』のこぶがポッコリ取れたように、ぼくの顔から
も腫れがなくなるんだ!
ところが、実際手術を受けて、麻酔から目を覚ますと・・・・・。鏡に映った
ぼくの顔は腫れたままだった。》

Mさんは高校2年生でした。
《手術を受けて数日後、顔に巻かれた包帯が取れる日のことです。私は、きれい
さっぱり左頬(ほほ)のふくらみが消えている状態を期待しました。ところが、
鏡に映っていたのは、手術前と同じにしか見えない私の顔でした。
全然、変わっていない・・・・。
それが、鏡を見たときの感想です。いったい、何のための手術だったんだ。
(中略)手術前、医者から左頬のふくらみは小さくなる、という説明を聞いて、
私は完全にふくらみがなくなるものだと思い込んでいました。》

二人の場合、医師の術後の説明はほぼ同じで、「腫れた部分と神経が複雑に入
り組んでいたため、腫れを取ることができなかった」とのこと。たしかに、手術
をして、中を開いてみなければ分からないのかもしれません。しかし、たとえそ
うだからと言って、いや、そうであるならば、その事実を事前にきちんと本人に
伝えるべきです。子供だって理解できます。
あたりまえですが、「治療は本人のため」なのですから、当事者本人が置き去
りにされることは、絶対にあってはならないことです。

●勇気

本書は、企画を立ち上げてから出版まで3年かかりました。企画スタート当初、
取材協力に応じてくれたのは、わずかに3人。その後、ゆっくりゆっくりと協力
者が出てきてくれたそうです。

《心の奥深くにしまい込んだ、過去の辛い出来事を一つ一つ思い出しながら、私
たちに語ってくれたのです。これは、とても勇気のいることだと思います。》

辛い出来事を語るとき、その光景が脳裏に浮かんでいることでしょう。それは
まるでセカンドレイプ(※2)のようです。

《子供のころにイジメられた話など、二度と思い出したくないツラい体験につい
て書くときは、まるで心の古い傷口を開いて塩をすり込んでいるように感じた。》

また、ユニークフェイス当事者のみなさんは、目立つことを避ける人が少なく
ありません。普段からジロジロ見られる彼らにとって、「顔写真が本に載る」と
いうことは、相当な勇気が必要だったことは想像に難くありません。

「当事者の方たちと会う機会がないので、よく分からない」と言う人がいます。
でも、本書を読めば、彼らの声にふれることができます。
辛い思い出を語ることや自分の顔写真が掲載されるということが、彼らにとっ
てどれほど勇気がいったことなのかを理解してもらえれば、彼らと直接会わなく
ても、その思いは十分に伝わるはずです。そして、彼らから投げられた「熱い思
い」を、しっかりと受け取って欲しいのです。

●自分のために

「同じような悩みを抱えている人たちの励みになれば・・・。」「一人でも多
くの人に理解してもらいたい。」そんな思いで本に出ることを決断した彼らです
が、もう一つ、全員に共通していることがあります。それは、「自分のために」
です。

《より積極的な自分、より強い自分。誰もが憧れるように、彼らもそうなること
を望んでいます。》

彼らは決してスーパーマンではありません。

《私には手術なんか必要ない。一生この顔で生きていく。そう言い切れるほど、
私は強くありません。それが、私の正直な気持ちです。》

悩み、苦しみ、ときには後ろをふり返ってウジウジしてしまったり。彼らは、
皆、私たちと同じ、普通の人たちです。そんな彼らがその日常をくぐり抜けてい
くために強くならざる得ない現実を、是非、真正面から受け止めて下さい。

●あえて言うなら・・・

と、ここまでホメちぎって(笑)きましたが、あえて、欠点を挙げるならば、
少々話が整いすぎているということでしょうか。ここに登場した9人の方々は、
直接・間接に存じ上げている方がほとんどなので、とくにそう感じるのかもしれ
ません。

彼らの実際の話は、もっと泥臭く、それでいて、もっと生命力あふれています。
そして、長所も短所もある普通の人たちです。本書は苦労話や感動のストーリー
をことさら強調しているわけではありません。むしろ、彼らの身に起きている現
実を淡々と伝えています。ただ、その現実の厳しさ故に、それらを一つ一つ乗り
越えている彼ら9人が神聖視されてしまい、それがかえって当事者の人たちを追
い込んでしまわないかと、少々心配でもあります。
『五体不満足』でもそうでしたが、「ユニークフェイスの人たちは、この9人
のように困難を乗り越え、たくましく生きていくべき」といった風潮が生まれて
しまうことが危惧されます。

とはいえ、本書が素晴らしい本であることは事実です。アピアランス問題の入
門書としては、最適な1冊です。未読の方は、是非!
最後になりましたが、本書に出演してくれた9人の方々に感謝をささげつつ、
「自分が変われば社会も変わる」、そう信じて生きている彼らと、これからも
真摯(しんし)に向き合っていきたいと思っています。

(おわり)

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※1 ユニークフェイス
NPO法人ユニークフェイスでは、顔や体にアザ、ヤケド、キズなどの症状が
ある人たちを「ユニークフェイス当事者」と表現し、彼らの声を社会に発信して
います。
「ユニーク」とは「固有の」と言う意味。「ユニークフェイス」とは「固有の
顔(私たちは、みな、それぞれ固有の顔をしている)」という意味です。

NPO法人ユニークフェイス:http://uniqueface.wordpress.com/
※2 セカンドレイプ
レイプや性犯罪、性暴力の被害者が、その後の経過において、更なる心理的社
会的ダメージを受けること。(『はてなダイアリー』より)
たとえば、警察官の事情聴取や裁判で、「あなたにも(服装や行動などで)ス
キがあった。あなたにも原因がある」などと言われたり、それまでの性経験につ
いて執拗に追求されたりすることによって、まるで自分が悪いかのように追いつ
められてしまう。その恐怖のため、泣き寝入りしてしまう被害者も少なくない。
また、社会の偏見もいまだ根深く、世間の好奇の目にさらされて人間としての
尊厳を傷つけられることをいう場合もある。

→第4・5回 【インタビュー】 ㈱東京義髪整形

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