Vol.09 イメージの裏にあるもの

イメージの裏にあるもの
(リザ・テツナー 作 『黒い兄弟』 )

物語の中で外見に違いのある人物たちを追いかけてみると、その多くの症状にはあるパターン化された意味合いが持たされがちであることに気付く。その中で最もお馴染みなのは「悪人の象徴としての傷」ではないだろうか。常時荒っぽいことに手を染めている悪人ならば怪我もしやすい、と言えばそれまでなのだが実際に傷跡を持つ人にとって迷惑千万なイメージであろう。そこで今回は、特にその顔の特徴を強調されている「悪役」に注目してその症状を持たされている意味あいを考えてみたい。

さて前回、ユーズドでしか入手できない本を扱ってしまったので、今回は有名どころでいってみたいと思う。「って言われても、「黒い兄弟」なんて知らないし」と言われる方も「ロミオの青い空」と言われたら聞き覚えがあったりするのではないだろうか。今から12年ほど前、アニメ「世界名作劇場」のシリーズのひとつとして放映された。『黒い兄弟』はその原作である。

タイトルからはやたら陰惨なイメージがわくかもしれないが、『黒い兄弟』とは煙突掃除夫の少年の集団のこと。何のことはない、煤で汚れて黒いのである。
だからと言って真っ黒けに汚れた少年たちの明るいお話なのかと言えばそれもまた違う。

話の主な舞台は19世紀のミラノ。煙突掃除夫の少年たちはスイスの貧しい家庭から冬の半年間、金で買われて働きに来ている。そしてそういった子どもの売り買いをしている悪役の男は右のほおに大きな傷を持ち、作中でずっと「ほお傷の男」と呼ばれているのだ。主人公の少年の名は原作ではジョルジョ、となっている。

怪我をした母親の医者代のため、ほお傷の男に買われたジョルジョは途中、同じように買われてミラノに向かう少年、アルフレドと出会う。二人は親友となるが、旅の途中で船が転覆。乗っていた20人の少年の殆どが犠牲となった。そんな中、ジョルジョはアルフレドと二人で溺れかけていたほお傷の男を救うが、陸にあがった男は二人をやはりミラノで売り払ってしまう。そして二人の煙突掃除夫としての苛酷な暮らしが始まるのだった・・・。

ネタバレにしてしまうには惜しい作品なのでストーリーの解説はこのくらいにとどめておいて、まずは本名も明かされている悪役が作中ずっと「ほお傷の男」と呼ばれている意味あいを考えてみたい。

実はこの作中にはあと二人、外見的な症状を呼び名にされている人物が登場する。「あばた」と「片目」。二人とも「黒い兄弟」と対立する街の不良少年グループ、「狼団」のメンバーである。しかしたかだか気に入らない相手にあっかんべをしてみせるような子どもたち。そのことを考えると外見的な症状を呼び名にすることが、そのまま「悪」をイメージさせる手法として用いられているとは考えにくい。その他にも「身体の大きい」「ちびの」「赤毛」など身体的特徴が呼び名の一部や全部となっている登場人物は多いのである。これはもう単純に、最初の一目でいちばんに残る印象をそのまま呼び名にしてしまう感性の持ち主を主人公に据えた、ということなのだろう。

それでは、3人もの人物が作中で症状を持っていること自体はどうだろうか。実は、この3人、助けたり助けられたりしながらも、とりあえず一度は全員主人公のジョルジョと敵対している。少年文学らしく子どもたちは後に和解するが、何故「片目」が「黒い兄弟」ではいけなかったのだろうか。
本来なら自分の家庭で暮らす「狼団」の少年たちより、普段危険な仕事を強いられている「黒い兄弟」たちの方が余程外見に損傷を受けやすい状況にあるだろう。

ふと、3人は何故症状を抱えるようになったのか、を考えてみた。危ないことにやたら手をそめていそうな「ほお傷の男」はともかくとして、「片目」は残酷な事故にでもあったか。「あばた」は? 天然痘も根絶していない時代の話である・・・。そう考えた時、そうか、「怖い」んだ、と思い至った。残酷な症状を残す体験は、怖い。そしてそれをくぐり抜けてきた人間にも何か人は恐れのようなものを抱くのではなかろうか。それなら3人の症状は、作家が少年少女である読者に主人公の敵を怖がらせるために設定したものなのかもしれない。

何を今更、とも言われそうだが、今まで数々の作家が悪人に傷を負わせてきた目的の多くが読者に「恐れ」を植えつけることであったとしたら。「恐れ」とは本来誰もが自分の中でねじ伏せたいもの。勿論人の感情はひとつだけの思いに支配されるものではないので他人の傷を目にする人の思いは複雑だろう。それでも持っている症状ゆえに対人関係に悩む時、それが相手の心の本来ねじ伏せたい思いによっているものであったなら。そこに突破口を見出そうとするのは決して無謀なことではないはずである。いつもやたらと「頑張って」なぞと言われてしまいがちなのが外見に違いを持つ人間。だけどたまには怖がる相手に「頑張って」と反対にエールを送ってみるのもいいかもしれない。

(おわり)

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