Vol.08 恋におぼれる当事者たち

恋におぼれる当事者たち
(メーガン・レイン 著 『たそがれに抱かれて』 )

見た目に違いを抱えた人間が主人公としてよく登場するジャンルの話がある。
そう言われて皆さんが思い浮かべるのはどんなジャンルの話でしょうか。傷だらけの勇者が活躍するアクション小説? それとも外見の違いを恐怖心に結び付けてしまっているホラー小説?

いえいえ、そうではありません。あまりに恥ずかしくて(羨ましくて?)最後は本をぶん投げたくなるような、ハッピーエンドがお約束。ヒーローがヒロインに対して「スイートハート」だの「マイ・ラブ」だのと恥ずかしげもなく呼びかけるあれです、あれ。「ロマンス小説」というジャンルよりも、ハーレクイン社のシリーズなどに代表される甘~い恋物語、と言った方がイメージが沸くのではないでしょうか。

外見に違いを抱えた人物が恋愛小説の主人公? もしかしたら意外に思われる方もおられるかもしれませんが、実際のところはかなりあるのです、これが。どれにしようかと迷いましたが、とりあえず今回そのうちの1冊をご紹介したいと思います。

テレビ司会者のケイアはかつて優秀な形成外科医レイフと恋人同士であった。しかし結婚してくれそうもない彼に苛立ち、資産家である他の男と結婚。ところがわずか8ヶ月で夫と共に乗った自家用飛行機が墜落、夫は他界し、ケイアは顔面にひどい傷を負う。テレビの仕事を失うことを恐れるケイアだが、最高の形成外科医、レイフの治療を受けることは強く拒んだ。本当に愛した、ただ一人の男レイフに傷付いた顔を見られるのは辛すぎる。しかしケイアの身を案じる医師によって彼女は強引にレイフと引き合されてしまう。そして8ヶ月ぶりに会ったレイフに、彼女はいかに自分が彼に焦がれていたかを思い知らされることになるのであった・・・。

作者は雑誌記者からロマンス作家に転向したアメリカ人の女性。
多分記者として多くの人との関わりを持った経験をふまえて創作活動をされているのでしょう。
それにしてもそういった人々の中に顔面に損傷を負った人がいたのかどうか。

ロマンス小説なのだからメインのテーマは「恋愛」であるはずなのに作中主人公が負ったひどい傷が恋愛に絡むことは殆どありません。むしろ彼女が心配しているのは傷のせいでテレビの仕事を失うことばかり。最初こそ愛する男性に傷付いた顔を見られたくない、と感じるのですが、その後は殆ど傷に対する彼の視線は気にしません。作中に恋のライバルとして看護婦の女性が出てきても、ケイアは自分に傷があることよりも、ライバルのようにレイフと同じ世界に生きられないことに思い悩みます。「顔にひどい傷を負ったことで、私は彼に女性として見られなくなるのでは?」なぞとは考えないわけです。

愛する人の人間性を余程信頼しているということか、それとも形成手術である程度取り戻した美貌にやはり自信があったのか? それにしても美しさを誇っていた女性が顔面にひどい傷を受けて数週間くらいの時期の話です。いかにも不自然な気がするのは私だけでしょうか。

実はこういったロマンス小説には「見た目の違い」を含めた設定に一定の黄金パターンが存在するようです。大抵は美男美女で性格も良く、ついでにとんでもないセレブであったりもする人物が不幸な事故で顔などに傷を受ける。しかしその傷をも含めて愛してくれる素敵なパートナーに出会い、障害を克服してゴールイン。大体そのパートナーは相手のことを「傷があっても気にならないくらい美しい、かっこいい」と惚れ込んでしまうようです。勿論このパターンに全くあてはまらない作品もあるのかもしれませんが、少なくとも私は知りません。

かつての面影を失わない程度の受傷と「まあこれだけ揃ってればねえ・・・」と言いたくなるほどの優れた資質。まあロマンス小説というもの自体、美男美女やセレブと呼ばれる人々が多く登場するものではあるのですが。

現実の世界を振り返ると、私の知人にも外見に違いを抱えながら素敵なパートナーに巡りあった人が何人もいます。症状の目立ち方は様々で、凄いセレブは一人もいません。外見に違いがあるからと言って、別にロマンス小説の主人公のような資質がなくとも恋も結婚もかなうわけです。(当たり前のことですが。)

むしろパートナーに巡りあうかどうかは本人のその症状に対するとらえ方かもしれない、と考えたところでふと思いました。そりゃ、この主人公のケイアみたいに恋人の前で自分の傷を全く気にせずいられたら、その様子は多くの人にとって魅力的だろうな。恋愛に対して踏み出す力も強そうです。勿論誰もがケイアのようである必要はありませんし、作者も多分人物を描くにあたってそこまで考えてはいない気がしますが。(ちなみに他の話では最後まで「この傷が、この傷が・・・」と言いながらラストではちゃっかり恋人を得ているような主人公もいます。)当事者心理をリアルに描いているとは思えない作品ですが、少なくとも多くの人が望みがちな当事者像、というのは案外うまく描き出されているのかもし
れません。

(おわり)

→Vol.09 イメージの裏にあるもの

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