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Vol.11 本当の自分?-前編-

2010年1月4日

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本当の自分?( 『町でいちばんの美女』 C・ブコウスキー)-前編-

何年くらい前だろうか、ブコウスキーの著作が次々と出版されたのは。私は当
時、若干の興味を持ちつつも、本屋でパラパラとめくるだけで、結局買わなかっ
た。その後、古本屋で一冊100円かそこらで、今回紹介する『町でいちばんの美女』
と『パルプ』を買ったものの、いわゆる「積ん読」状態だった。

ブコウスキーは、日本でいえば無頼派のような、酒と女に溺れた自堕落で破天
荒な人生を送って、その経験を半自伝的な小説に書き続けた小説家(兼詩人)で
ある。と、もっともらしく書いたけど、私はなんせこの『町でいちばんの美女』
しか読んでいないので、著者紹介欄や翻訳者の「あとがき」から得た情報を元に
書いていて、たいして詳しいわけではない。

この短編集には、表題作『町で一番の美女』を含む30篇が収録されている。他
の作品のタイトルは「ファックマシーン」やら「10回の射精」やら「白いプッシー」
やら、ブコウスキーのイメージ通り? の、セックスがらみのものが並んでいる。

で、表題作『町でいちばんの美女』も作者の分身らしき男の視点でストーリー
が進んでいく。男は、バーでキャスという名の<町でいちばん>の<美女>と知
り合う。キャスは父が死に、母が逃げ、放り込まれた修道院から出たばかり。感
情の起伏が激しく「キャスにはどこかふつうではないところがあった―狂気と言
われる精神の持ち主だったのである」と描写される女性である。
短編ということもあり、町の名も、男の名前もでてこない。男は、日雇いに近
い肉体労働をしているようで、キャスは売春婦まがいのことをして、生計を立て
ているようである。アメリカの、いわゆるブルーワーカーのどうにもならない絶
望のようなものが、作品の根底に感じられる。
男は、破滅型のようでありながらしたたかにタフで、女は、そんな男に心配を
させるほどに魅力的で、もろく、危うい。

バーで始めてふたりが会ったときの会話。
「あたしのこと、きれいだとおもう?」
「もちろんそうおもう。だけどそれだけじゃない・・・見かけ以上の何かがあ
る・・・」
「きれいなことを、みんなが責めるわ。ほんとにあたしがきれいだとおもうの」
「きれいって言葉は正しくない、ぴったりこないよ」

このあと、キャスはハンドバックからピンを取り出し、小鼻に刺し貫き、男に
「さあこれでも、あたしはきれい? どうおもうのよ、あんた」と責める。

男と女はつきあい始めるが、男はふらりと町を離れ、半年後に戻る。例のバー
へ行くとまたキャスが現れるが、今度は、キャスの両眼の下には頭にガラスのつ
いたピンが突き刺さっている。針の部分は、女の顔の中に入っている。
男は女にピンを抜かせてから言う。「なんで自分の美点を嫌うんだ」
<町でいちばん>の<美女>はこう答える。
「人がみかけでしか判断してくれないからよ。美しさなんて意味ないの、どうせ
消えてしまう。醜いほうがどれだけ幸せか、あんたにはわかってないの。だって
あんたが誰かに好かれたら、好かれた理由が他にあることがわかるもの」

主役の男は醜いという設定で、キャスは「醜い男に優しくするのが好き(な女)」
と冒頭部分で書かれている。(ちなみに、作者のブコウスキー自身も、青年時代
はひどいニキビに悩まされ、真っ暗な青春だったそうだ。)
「醜いほうがどれだけ幸せか」などというのは、美しいからこそいえるワガマ
マなセリフなんですけど、キャスは、キレイなために姉たちからいじめられ、修
道院でもいじめられた過去を持っている。一応は、そういったセリフをいうだけ
の背景はあるのである。

(次回に続く)

→Vol.12 本当の自分?-後編-

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