Vol.12 本当の自分?-後編-

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本当の自分?( 『町でいちばんの美女』 C・ブコウスキー)-後編-

前回紹介した部分を読んだときに思いだしたのが、ヤンキースの松井秀喜がテ
レビのスポーツ番組で、インタビュアーに「結婚はしないのか?」と尋ねられた
ときの答えだった。
例によって、思いだしながら書いているので正確ではないが、松井は「具体的
な相手はともかくとして、結婚を考えてはいるのだが、まだふんぎりがつかない。
・・・つきあうと、相手の女性が<本当の自分>が好きなのか<有名な野球選手
松井秀喜>が好きなのか、判断ができない」というようなことを答えていた。
まあ、<富や名声に釣られて寄ってくる女はイヤだ>ということでしょう。松
井もキャスと同じく「自分が好かれた理由」が知りたいということですね。いか
にも慎重そうな松井らしい発言だけど、松井くらいの有名人になってしまったら、
もう誰もが<メジャーリーガー松井>として見てしまう。それこそ有名になる前
からの幼馴染とか家族や親戚とかをのぞいたら。

でも、考えてみればキャスの「美貌」も、松井の「富や名声」もどちらも「自
分のもの」ではあるわけで、(違うのはキャスの「美貌」は先天的な要素が多く、
松井の「富や名声」は自らの努力で手に入れたものだってこと。だからキャスの
ほうがより不安定なんですね。)そこを相手に「意識しないでくれ」と言っても
ムリでしょうね。それも含んでつきあうのが「友人」や「恋人」だと思うし。
ただ、キャスはあまりにも美人でそれに振り回されてしまい、松井もまた、あ
まりにも有名になってしまった。

ある部分ばかりがクローズアップされると、<それ>を失った自分にも、人は
好意を寄せてくれるのか? という猜疑心がめばえだすんですね。だからキャス
は、自らの美貌を傷つけるわけで。大金持ちの孤独、みたいなもんでしょうかね。
「何かを得れば、何かを失う」のは真理の一つなんで、突出した部分を持てば、
その反動もまた、大きいってことで。いいことばかりというのは、ありえない。
真実を知るには、「美貌」なり「富」なりを放棄するしかないですね。それで
人が離れていったなら、相手がバカだったか、自分にそれしか魅力がなかったか
のどちらかなワケで。でも、バカげていると思うけど。くり返しになるけど、
<それ>も含めて自分なわけですし、人間ってそんな一つの部分だけでつきあっ
たりしないから。したとしても、長続きしないだろうし。

ストーリーは、ありがちなんだけど、最後まで読むと(短編だからすぐ読め
ちゃうけど)、くるものはある。イメージに反して、ブコウスキーの筆致は実に
淡々としていて、大げさな描写や演出をしていなくて、そこが良い。ここら辺は、
翻訳によっても変わってくるのだろうけれど。

まあしかし、紹介しといてなんだけど、私にとっては『町でいちばんの美女』
以外の収録作は、正直言って、面白くなかった。エロっぽい題名のヤツも、読ん
でみると題名とちがって、さほどエロくないし。かといって笑えるわけでもない
し。あっ、爽やかな感動とか、そういったものは一切ないですから、それどころ
か、後味悪い作品も多いんで、そういうのがダメな人は読まないほうがいいです
ね。
短編集しょっぱなの『町でいちばんの美女』だけは、まあ、面白かったです。
興味を持った人は読んでみてください。

(了)

→Vol.13 「正義」という言葉のうさん臭さ -前編-

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