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Vol.04 巨人の描いた「見た目」と「差別」 -後編-

2010年1月4日

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巨人の描いた「見た目」と「差別」 -後編- (手塚治虫の 『きりひと賛歌』 について)

モンモウ病にかかってしまった小山内は苦悩する。彼はいつの間にか大学に辞
表を出したことになっていて、転々と漂流するのだがどこへ行っても気味悪がら
れる。「犬男」として蔑まれ、医者と言っても誰にも信じてもらえない。・・・
モンモウ病への呪い、嘲笑や蔑視・差別との闘い、竜ヶ浦教授への憎悪・・・。

同じくモンモウ病患者の白人の修道尼、ヘレン・フリーズは、発病した当初
「死にたい」と思いつめる。しかし、彼女はキリスト教への信仰を貫き、やがて
克服する。小山内は、ヘレン・フリーズの存在を知り、逢いに行く。だが、モン
モウ病にかかっていながら満ち足りた様子の彼女が気に入らない。宗教心を持た
ない小山内は、彼女の前で「神などいない」と切り捨てる。彼は、まだ竜ヶ浦教
授への復讐を遂げておらず、吹っ切れていない。物語のラストに至って、ようや
く小山内は心にケリをつけ、前向きな気持ちで新たな旅に出る。

もちろん、これは「お話」であり、荒唐無稽な所は多いし、悪趣味と取られか
ねない描写も多いです。当事者の皆様には、かなりヘビーな内容だとも思います。
それに、患者の現実はもっと生臭いものでしょう。この作品も十二分に生臭いん
ですが、精神的なドロドロがメインであって、病気の生理的な苦痛、日常での不
便さ・うっとうしさなどへの描写は少ないです。
手塚治虫は、あくまでエンターテインメントとして作品を書いているわけで、
そこらへんはしょうがないかな、と思う。

『きりひと賛歌』は、35年も前の作品なので、現在の目から見れば差別的表
現も含んでいるかもしれません。しかし、作品としてはまったく古びていない。
この『きりひと賛歌』が皆様に気に入ってもらえるかは別にして、35年も前の
作品が今でも通用するってのは凄いことなんですね。10年前の作品でも今じゃ
古い、なんてのがゴロゴロあるわけですから。手塚治虫は、本当に<巨人>とい
うかなんというか・・・、不世出の天才ですね。
それに手塚治虫は、「見た目」と「差別」の問題をずっと追い続けた人ですね。
典型的なのがこの『きりひと賛歌』だけど、アトムもブラックジャックもそうで
す。
手塚作品は今でもちょっと大きめの書店なら手に入るし、ブックオフでも売っ
てるから、興味を持った方は、パラパラと立ち読みでもして、気に入ったら(気
になったら)最後まで読んでみてください。それでもし、嫌な気分になったらゴ
メンなさい。

小山内桐人は、モンモウ病にかかり、犬のようになってしまってから、妻に
「こんな俺は嫌だろう」と聞く。この問いに、妻は、「どんな顔をしていたって、
あんたはあんたよ」と答える。小山内は、この言葉を心の支えにして生きている。
やっぱり、精神的に傷つけられた経験を克服するためには、受けた傷に見合っ
ただけの時間の経過と、小山内桐人が心の支えとしたような「人から受けた良い
思い」が必要なのではないか、と思いますね。人にすがる、とかそういうことじゃ
なくて。
そして、傷を克服した人は、必ずその分、魅力的な人間になっているもんだと
思います。

(了)

→Vol.05 イメージとの闘い -前編-

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