Vol.06 ポジティブメッセージの功罪

ポジティブメッセージの功罪
(すがや あゆみ 文 『ナチュラル 障害はあたしのブランド』 )

初めてこの本の表紙をめくって口絵写真に目を落とした瞬間、不覚にも息をのんだ。生き生きとした表情の若い女性。この本の作者、すがやあゆみさんである。
季節は夏なのであろう。可愛らしいレースのキャミソール姿。しかしそこからのぞいている白い肩はあまりにも小さく、その先にある腕と手には更に明らかな変形が見られる。

先天性多発性関節拘縮症。恥ずかしながら、この本で初めて知った病名だった。現在のすがやさんは長時間でなければ歩くことが可能だそうだが足の変形も著しく、歩くためには手術や訓練、各種の治療と家族ぐるみで大変な努力と苦労を重ねられたようだ。

正直、「障害はあたしのブランド」という副題を見た時には少々げんなりした。私は障害や病気などをあまりに明るく表現したメッセージというものが苦手なのである。この身体のために貴重なことを学び、経験したからこの身体が好き、なぞと言われた日にはそんなキレイゴトじゃ済まないだろっ!とつい突っ込みを入れたくなってしまう。

私自身、全身にアザを持って生まれたために多くのことを学んだと思うし、健康であったならば得られなかったであろう貴重な出会いや経験を重ねてきた。そのこと自体は大変ありがたいと思っていてもやはり逃れられない思いはある。もしも健康であったなら。この症状が完全に治ったならば。アザとうまく折り合いをつけて生活はしているが「この身体が好き」とは多分一生言えないし、健康に憧れを抱くことについて誰にもとやかく言われたくない。この身体、辛いけど悪いですか? といったところである。

前半が漫画、後半がエッセーという二部構成になっている本をめくるにつれて苛々は募った。前半の漫画では重度の障害を持つすがやさんが苦労や努力を重ねながら、やりがいのある仕事と信頼できる恋人を見つけるまでの姿がとてもきれいにまとめられている。キレイゴトで綴られた物語、という雰囲気で現実感が薄い。

途中で挫折しそうになりながらも、まあ本人の文章も、と後半のエッセーに読み進んだ。決して読みやすいとは言えない文章。しかしその言葉は私の気持ちの尖っていた部分を少しずつ溶かしていった。彼女は何もやたらと前向きなメッセージばかりを押し付けてきているわけでは決してなかった。そこには身体のために生じた悩みや苦しみ、挫折などが赤裸々と言える筆致で綴られていた。

彼女の物事の考え方や表現に同意したり反発したり、さてさてどこまで本音かな、と勘繰ってみたりしながら読み進めた。そして読み終えた時には素直に心の中で「頑張れ頑張れ!」と声援を送った。本音ばかりで語られた手記かどうかは疑問が残るが、これだけものを吐き出した上での「頑張るぞ宣言」なら結構じゃないの!

実はこの本、作者はきわめて人目を引きやすい外見を持っているにもかかわらず外見の問題に触れた部分は案外少ない。しかしエピローグの段階になって意外な記述が現れる。表紙のアップの写真をよく見れば分かるが、彼女の額には中央にうっすらとした傷がある。これは彼女が子どもの頃転倒してできた傷跡らしい。
確かに気になるのは分かるが、変形の著しい四肢に比べて外見的な違和感は薄いと思えるこの傷を彼女は外見的に何より気に病んだというのだ。もともと持って生まれた障害ではなく、自分がちゃんと大人についていてもらえなかったために出来た傷だから、ということらしい。症状の重さと心の傷は比例しない。自分自身が今までさんざん口にしてきた言葉だが、実際は私も彼女の言葉を「意外」と感じてしまったことが少しばかり恥ずかしかった。

とても前向きな生き方をされているすがやさんだが、私以外の病気や障害を持たれる方はこの本をどうとらえられるだろうか。こういった「ポジティブな障害者像」は世間に色々な反応を引き起こす。「あの人、いいね。障害があっても明るく前向きな人、っているよね」というだけでは決して終わらない。時には「やっぱりああでなくっちゃ!」とばかりに自分の周りの病気や障害を持つ人を「ああではない」ということを理由に攻撃するような人もいる。また「ああではない」ことを恥じる当事者も出てきたりするのだ。人の価値など千差万別なのにやたらと明るいことばかりをよしとする風潮には困ったものである。

せっかく当事者が放ってくれた貴重なメッセージ。どのように作用するかは受け取り手次第である。書き手の思いや願いはいろいろあるだろうけれど、多かれ少なかれ苦しさ悲しさを乗り越えて伝えられるのが「違い」を持った当事者のメッセージである。そんな言葉が新たな苦しさ悲しさを生むというのは皮肉以外の何物でもない。現実が生み出す力強い言葉のパワーが、できることなら多くの人が生きるパワーへと変わることを願ってやまない。

(おわり)

→Vol.07 生き人形たちの憂鬱

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